ブレーキかけるな。

習字に朱を入れられるとか、テストが採点されるとか。
ひと昔前までは「フィードバックをうける」ことが当たり前だった。

社会人の今、わざわざ過ちをたしなめたり、改善点を人から指摘してもらえる機会は少ない。

 

改めて、他者からの指摘を本当にありがたく思う。自分が見ているものは、自分に見えているものでしかない。自分で自分の見えていない部分に、気がつくのは難しい。

人からの指摘なんて耳を傾けない、時期もあったけれど。今は改めて欲しくて仕方がない。

 

イラストレーターの小池アミイゴさんに、絵を講評してもらいました。

...
説明しすぎ。なくてもよいものは描かない。みる人に想像する余地、抜け間がほしい。
みせたいのは人?背景?かわからない。背景かくなら、もっと丁寧に。人物はもっと研究が必要。

 

「空白をつくるのがこわい」わたしの質問に対しては、

そう感じられるのは、安心。大丈夫。と応えてくれました。

 

絵の中なんて誰も傷つけない、いっぱい失敗すればいい恥をかけばいい
ヒントはあらゆる場にある。自分の手元だけで悩むな


そして、アクセル踏み込め!ブレーキかけるな!

 

小池アミイゴさん語録(アミイ語録)より。

...

 

わたしがもらった言葉たち。

ひとつ一つがシンプルだけど重くって、うれしいけど痛い。愛しくて、いとしくて。ゆっくりとまだ口の中で溶かしてる最中。


詩のようにテンポのよい絵。鼻歌うたってしまう、絵。

この絵描いているとき、楽しかったでしょ?

 

そう言ってもらえている人がいて、なんだかうらやましかった。

ちょっと肩のちから入りすぎてたかな、自分。身体から湧き出てくるままを、絵にできたらいいのにな。

 

自分でうすうす、気がついていたことでした。頭ではわかってたけど、こわくて動き出せずにいた。 言い得て妙、ずきずきどしん 心に響いた。
一方で、「実体験があるから描ける絵」といわれ、本当にうれしかった。


他にもアミイゴさん曰く

「個展」に対する信念なんてものはない。その場所とのコラボレーション、相手との出会いから空間をどう機能させるか
絵は使ってもらいたい。カットは勝負。相手が何を求めているのか、引き出す

などなど。

イラストレーターの絵とは、芸術ではなく相手とコミュニケーションするための道具だということ。もちろん、独立した絵にも価値はあるけれど、わたしや、MJ生たちが目指しているのは、手段としての絵。

改めて気づいたとともに、誇りをもちたいと感じました。


頼れるスーパー兄貴に見えた彼だけど。「サナギマン」として殻に閉じこもり、ふつふつしていたころもあったそう。

通った道だから。覚えている感情だから。わたしたちの「いま」に言葉はびんびん届いたのだと思います。

 

自分の手元以外はもちろん、興味あるものないもの、すべてを糧にしてやるぞの意気で。また明日から頑張ろう!と思えた日となりました。

小池アミイゴさん、ありがとうございました。興奮して眠れなかった夜。

 

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